■談話室の午後■

 アルメイスの学生なら、図書館の談話室で茶会の真似事をしている様子は見たことがあるだろう。と、言っても障りはないほどに、そういう光景はしょっちゅう見かける。
 その多くは一般の女子生徒が集ってお茶会の真似事をしているのだが、大本には貴族の子弟が集うグループ『貴族連合』の集まりを模しているというのがあった。かつて『貴族連合』の茶会はやはり、同じく談話室で行われていることが多かったので。
 それを真似た茶会は、純粋な上流社会への憧れであったり、どこか滑稽な貴族の子弟たちの揶揄であったりしたのかもしれない。
 しかしその大元の貴族連合の茶会は、二年ほど前から寂れつつあった。元々を考えれば大貴族の令嬢であるフラウニー・エルメェスの取り巻きが、談話室にいることの多い彼女を追っていって、そこで茶会を催していたから談話室という場所でのこととなっていたのである。フランがあまり積極的に出歩かなくなった頃から、徐々に減り始めたのは自然なことだっただろう。フランにまつわる噂が嫌な形でピークを迎えた後には、すっかり絶えたとも思えたが。
 フランの熱心な崇拝者であるアドリアン・ランカークは周りが思っていたよりも頭が悪かったので、彼を中心にして、またここ一年ほどで談話室のお茶会は盛り返す兆しを見せていた。いつもすべてが同じ顔ぶれではないが、かつて顔を出していた取り巻きの一部も戻ってきつつある。
「茶菓子が足らんかもな」
 テーブルを見渡して、ランカークが言った。
 テーブルには所狭しと茶菓子が載っている。普通なら足りないとはとても言われないところだが、しかしその量でも、このお茶会では足らない……かもしれない。なにしろ主賓のフランが、実は底なしの胃袋を誇るからだ。
 ランカークはじろりとアベルを見た。
 今日の茶会の支度をしたのはアベルではなかったが……
「……持ってきましょう。何がいいですかな」
 アベルは席を立った。
 命じられる前に動くのが、賢い立ち回りだ。この場所ではアベルは、使用人より少し上程度の立場でしかない。場合によっては使用人より惨めな扱いであることもある。
 身分と財力、そういったもので格付けされた場所では仕方がないだろう。アベルより下につく者はなかなか近寄って来ないのだ。たまにランカークに媚びにくる者はいるが……今日はいなかった。
「甘いものが良いだろう、レディフランのお好きそうな」
 ランカークはふんぞり返って命じる。イメージが貧困なのか、指示は具体的なものではないので、適当に見繕ってくるしかない。
「あ、私はグルッキーがいいわ」
「僕は肉饅頭」
 出て行くアベルの背中に、ついでに買ってきてと朗らかに声がかかった。
 グルッキーはともかく、肉饅頭は茶会の茶菓子には合わないんじゃないかとアベルは思ったが、それについてコメントするような愚かしい真似はしなかった。

 通りの店で何点か上品そうな菓子と言いつけられたグルッキーと肉饅頭を買い込み、アベルは図書館へと戻る道を急いでいた。
 遅くなれば、それだけでランカークは不機嫌になる。周りも似たようなものだ。どうもあそこに集う者で気の長い人物は少ないような気がしていた。お茶会だからと言って、アベル自身がお茶にありつけるとも限らない。その時間の間に、レポートを代わりに書かされることもしょっちゅうだ。
 菓子の残りをもらえればホクホクという人物とは違い、目に見えて得と思えることは現状ない。いいことは何もないような、そんな状況だが……
 いつか学園を出たときには、今日という日が役に立つこともあるだろう。
 そう思って、アベルは談話室の扉を再度くぐる。
「ただいま戻りました」
「遅いぞ!」
 この怒声も、そう思えば……と、口元にだけアベルは微笑みを浮かべた。

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