●春の始まり
春の遅いアルメイスにも、ようやく花咲く季節が来た。
残り雪が融け、木々に緑が萌え、とりどりの花が野山を飾る。山菜も芽吹き、鳥は囀る。
一年の中でそれほど長い期間ではない春を楽しむために、人々は公園や野山へと足を運ぶ。
「ピクニックに行こうと思うのですが」
春になったら……と一番思っていたのは、フランだったのかもしれない。
街の外へ出て、近くの丘まで行こうという提案だった。
「そのあたりでは、食べられる山菜も採れるのだそうです」
花を見て、山菜を採ってきて、それで戻ってきたら料理を作ろうということらしい。
「それならさ、競争しない?」
声をかけたうちの一人、クレアがそう提案してきた。
「競争ですか?」
「そう。採ってきた山菜で料理を作るんでしょー? 採ってきたものだけで、誰が一番美味しい料理が作れるか! ってね」
山野で取ってきたものだけで料理するというルールだ。他に使っていいものは、包丁とまな板と調理器具。そして特別ではない基本的な調味料と油と水……という、ことである。
せっかくだから、調理と評価の味見も花の中で。そう言って、クレアは公園の使用許可を取り付けてきた。
出発は公園から。そして公園に戻ってきて、火力調整も原始的に人力の特設かまどで調理、集まってきた者たちで評価して順位をつける……ということのようだった。
「皆さんのお料理が食べられるのは良いですね」
発起人がフランなので、この案は歓迎されたらしい。
とりあえず日が暮れるまでに、野草などの食べられるものを狩り、戻ってきて調理をする。
ピクニックもかねてなので、昼の弁当は持参、山菜採りは親しい人と組むのも良いだろう。
料理は一人一人で一品ずつ提出……となるようだったが。
●出発の前に
声をかけられて集まった者の目的はそれぞれだったが、当日までにはそれぞれに誘うべき相手を誘っていた。
“闇の輝星”ジークは、当然のようにカレンをだ。
「例のピクニック、カレンも一緒に行かないか? ピクニックがメインなのか、食材探しがメインなのかわからないが」
当初は花見であったはずの企画は途中でカーブして、料理大会のようになっている。元々中心にいたのが隠れ食欲魔人のフランなので、起こるべくして起こった変化かもしれないが。
「いいわよ……でも、私も作るの?」
カレンが少し料理に対して引き気味なのは、ジークのほうが料理が上手いからだ。
「どちらでもいいが……ああ、いや。そうだ、当日の弁当は持参だそうだから、カレンが作ってくれないか?」
カレンがそれを気にしているのは承知の上で、ジークはそう頼んだ。ジークにとっては自分で作ったものよりも、カレンに作ってもらったもののほうが美味いに決まっているのだが、なかなかそれはカレンには理解できないらしい。
「私が作るものでいいの?」
今もそう、聞き返してくる。
「もちろんだ。カレンが作ってくれたってことが重要なのさ。……それに、カレンの料理は美味しいぞ?」
他の奴に食わせてやるのはもったいないから競争には出なくていいが、自分には食わせてくれ……と、ジークは弁当をねだる。
「……わかったわ」
という答えを無事引き出すと、ジークは目的の半分は達成されたとばかりの上機嫌で、カレンと一緒に狩りの道具の支度をしに行った。
次に“紫紺の騎士”エグザスの誘う相手は、当然ながらフランである。元々春になったらピクニックへというのは、二人の約束だったのだから。何の手違いか、ものすごい大所帯の企画になってはいるが、それでエグザスのやる気が減退することはなかったようだ。
行った先では団体行動ではないから……か、どうかは定かではないが。
「……レディ、ご一緒できますか?」
「もちろんです。楽しみにしていたんです、私」
フランは無邪気にピクニックを喜び、花と春の野草の料理を楽しみにしているようだった。
フランは大人びているようで、やっぱり子どものようでもあり、エグザスは色々惑わされてきた。だが冬に出かけた旅行での一件で、エグザスも腹を括ったらしい。
ともあれ、こちらも恙無く約束を取り付けたようだった。
「エリス〜、ピクニックいかなぃ〜?」
さて、三組目。“ぐうたら”ナギリエッタはクレアから話を聞くと、その足でエリスのところへと向かった。
「ピクニック?」
昔と比べればはるかに人付き合いが良くなったとは言え、エリスはエリス。時間があれば修練場にいるようなところは変わりないわけで。
「良いけど……何しに行くの?」
ピクニックに「何しに行く」も何もないものだが、そこは世間一般の女子学生とはズレているのである。
「ピクニックだょ。お弁当を持っていって、狩りと山菜取りをするんだょ」
ズレているのはナギリエッタもある意味お互い様だからか、ズレた質問にも丁寧に答える。
エリスは狩りという言葉には惹かれるものがあったようだ。
「狩りね……」
「狩ってきたもので、料理を作って皆で食べるんだって」
「良いんじゃないかしら。後で食べるんなら無駄もないし、狩りや山菜取りはサバイバル訓練にもなりそうね」
「一緒に行ってくれる?」
ええ、という答えをエリスから引き出すと、ナギリエッタはスキップして駆けていく。
「じゃ、ボク、図書館で春の山菜を調べてくるね!」
●花咲く丘
自存型リエラを含めると二十名にも及ぼうという団体旅行になったピクニックの日は、好天に恵まれた。頭上には雲ひとつない青空が広がっていた。
花咲く丘に到着すると、すぐに山菜取りに歩き回る者もいたが、多くは少し早い昼食をとることにしたようだった。
中には“黒い学生”ガッツや“貧乏学生”エンゲルスのように、弁当は持参していない者もいたが。いや、この二人を並べ称すのはいささか適当ではないかもしれない。同じ弁当を持ってきていないにしても、現地で調達しようというガッツと、既に二日水しか飲んでいなくて弁当など用意できるはずもなかったエンゲルスでは大きな差があるだろう。
ガッツの弁当は、仮に持参するにしても少し特殊だっただろう。だから現地調達という方法になったのもある。春先の花咲く丘ならば、蜜は豊富だ――いや、そうは言っても蜂の巣を襲ってはちみつを奪うというような、物騒な方法ではない。
ガッツは丘の一角を埋めるように咲き乱れたラッパ状の花のところへ行くと、その花を一つ一つ毟っては蜜を吸い出したのだった。
一方エンゲルスは、最初丘の上の木の陰で、膝を抱えてじっとしていた。できる限り体力を温存する……来るべき時のために、というわけである。来るべき時というのは、もちろん料理の品評会だ。まだまだ時間がある……というわけで、今はじっとしているときだった。
ただやることもないので、周りを眺める時間は十分にあった。その中で、ガッツのことも目に入る。遠目からは何かを摘んで食べているように見えて……自然のものを摘んで食べるなら、その権利はエンゲルスにも同様にあると考え……気がつくと、ふらふらとガッツに近づいていた。
「ん? 欲しけりゃやるぞ? いっぱいあるしな」
ガッツの前には吸い尽くせないほどの花が咲いている。だからこそ、鷹揚にエンゲルスに花を手渡したのだろう。
エンゲルスのほうは実ではなく花を手渡されたことで、いささか戸惑った。何を食べているかと思ったら、花なのである。このまま食べても良いものか、少しだけ迷っていると、ガッツはいつになく実に親切に蜜の吸い方まで教えてくれた。
「なんだ、吸い方も知らねぇのか? こーやってな」
花をラッパのように咥えて、ちゅっと根元にある蜜を吸う。蜜を吸ったら、花は捨てる。それは朽ちて土に還るだろう。
「こうでしょうか」
エンゲルスは真似して蜜を吸ってみた。甘い蜜が口の中に広がり、少し飢えが紛れる気がした。実際に蜜はカロリーが高いので、ガッツのように特殊な人間でなければ少量でも飢えをしのげる……はずだ。
コツをつかんだエンゲルスは、がっつくように蜜を吸いはじめた。
「お、おい!」
その勢いに、もたもたしてると吸い尽くされるのではと危機感を感じたガッツもペースを上げる。
蜜吸い合戦は、こうして戦いの火蓋が切って落とされ――
そして、程なくその一角の蜜の吸える花を丸坊主にして戦いは終わった。
アルメイスの街には横切るように川が流れている。街中の川縁はレンガや石造りでよく治水されているが、一歩街を出ると同じ川でも自然のままである。その川が最も増水し流れが速くなるのは、雪融け水の流れ込む春先だ。危ないので、今回も水に入ってはいけないという決まりだった。狩りの対象に魚がなかった理由は、そのせいである。
「出汁は鳥でとるしかなさそうですね」
丘のあちこちでは、何人かが固まって昼食をとっている。“春の魔女”織原優真のグループもそうだ。このピクニックのことは“真白の闇姫”連理から聞いて、帝都から優真のパートナーであるリエラのシャルティールはもちろん、サウルも一緒に来て、一緒に弁当を広げている。
のんびりとした風景だったが、夕方から夜にかけてはアルメイスの公園に帰って料理の競争に参加する予定で、優真の作ってきた三段重ねの器に入った弁当をつつきながらも、狩りの話をしていた。
「うむ。鳥のほうは妾に任せるがよいのじゃ」
連理が胸を張る。
「山菜は優真に任せるのじゃ」
正直なところを言えば、山菜はよくわからない……のである。優真から説明は聞いたのだが、色々と区別はつかなかった。
「せりくらいはわかるんじゃないかい?」
食べたことがあるだろう? とサウルがからかうように笑って言う。
「せりは香草野菜としても出回りますものね」
優真もにこにことそれに応じ、連理は少しむっとする。もちろん優真にではなく、サウルに、である。
「せりくらいはわかるのじゃ」
「じゃあ、それだけでも取っておいでよ」
「言われなくてもそのつもりじゃ!」
むう、と頬を膨らませながら、連理は吠えた。
「なんじゃ、少し会わぬうちに、おぬし性格が更に悪くなったのではないかの?」
「ええ? 変わってないけどなあ」
連理が訴えると、サウルは惚けた声でそう答える。そこで黙々と弁当をつついていたシャルティールが、ぼそりと口を挟んだ。
「……というより、慣れて図々しくなった」
「おぬし、優真にも図々しく色々させておるのか?」
帝都ではどうなのかとサウルに連理が詰め寄ると、サウルは苦笑いを浮かべている。それをどうどうと、間を割るように優真が言った。
「でも、せりがあると嬉しいです。せりは卵と相性がいいので……茶碗蒸しの具にぴったり」
卵が獲れると良いんですが、と優真は続けた。卵が取れたら、他に取れた肉と山菜を入れて茶碗蒸しという楼国料理を作る予定であるらしい。
「卵も任せるのじゃ」
山菜と違って、卵は食べられるの食べられないのと区別する必要がない。連理は優真のために必ず取ってこようと約束した。
昼を食べ終わって、少し休んだら行ってこようと言って、連理は弁当をつまむ手を再開する。
デザートは花見団子だと、優真が皆の食の進み具合を見ながら器の蓋を開けた。……すると、その手元が急に翳る。
見上げると、エンゲルスがぎんぎんに目を見開いて、よだれを垂らさんばかりの顔で花見団子を覗き込んでいた。
「……エンゲルスさんもいかがですか? 皆さんにも召し上がっていただこうと、たくさん作ってきたんですよ」
その非常に飢餓に切迫した有無を言わせぬ表情に気圧されたのはあったが、基本的には善意で優真は団子を差し出す。エンゲルスはガッツとの蜜吸い合戦を繰り広げていたわけだが、それが終わったあと、更なる飢えに襲われていたのである。
「本当ですかっ!」
ありがとうございます〜〜〜と涙ながらにむしゃむしゃ始める。
「お金がなくって二日も何も食べてなくて、さっきはお花畑の向こうに死んだばあちゃんがおいでおいでを」
飢えも二日目になると飢餓感が麻痺してくるのだが、さっき蜜を吸ったために飢餓感が復活してしまったのだ。蜜はカロリーは高くても量がないから、満腹感には至らなかったのである。
「これ! 妾の分も食べるでない!」
連理はエンゲルスが貪り食う団子を横から奪いとる。
「あ、大丈夫です、たくさん作ってきましたから……」
と言いつつも、優真もこれは全部エンゲルスの胃に収まりそうだと思っていた。
「うむむむ……しかし、見てるだけで食欲が失せてきたのじゃ……」
自分の分の奪い取ったはいいけれど、連理はエンゲルスの食べっぷりに見ているだけで腹がいっぱいになってきた。それは後で食うと隠して、連理は立ち上がった。
「少し腹ごなしの散歩をして来るのじゃ」
「もう、狩りに?」
「いや、まだじゃ。優真、花畑のほうへ行ってみんか? 花冠の作り方を教えて欲しいのじゃ」
「いいですよ」
相変わらずにこにこと、優真も立ち上がった。その手を引いて、連理は丘陵の斜面の花畑を目指す。
「戻ってくる頃には、弁当の残りは猫が舐めたように綺麗になっていそうじゃのう」
皆が食べた後の残りで、帰りが軽くなるというのが、幸いというところだった。
「はい」
約束通り、弁当はカレンが作ってきた。ジークの前に差し出されたのは、大きな丸いパンにたっぷり野菜や焼いた肉を挟んだボリュームのあるサンドイッチや、焼いた肉饅頭や、甘い蒸しパン。量は二人分にしては多く、そしてどれも手で掴んで食べやすいのは良いが、主食になりそうなものが多いようだった。
「ありがとう、大変だったんじゃないか?」
量が多いので手間がかかったのではないかとジークは訊ねる。
「ううん、蒸しパンやサンドイッチのパンは昨日のうちに焼いておいたし……肉饅頭も仕込みは昨日のうちにしておいたから」
今朝の仕上げは饅頭を焼くのとサンドイッチに具を挟むくらいのものだと、カレンは答える。もっとも、トータルで見るとだいぶ時間がかかっているのは事実なようだった。
「今日は動くんでしょう?」
「そうだな」
サンドイッチを齧りながら、ジークは答える。
「おなかに溜まるものがいいと思ったんだけど……どう?」
「美味いよ、すごく」
飛び上がるほどではないが、普通に美味しい。カレンが自分のために作ったものだと思えば、ジークにとっては顔がにやけるくらいには美味かった。
「多かったら、残すといいわ」
多くても残すのはもったいないと思いながら、ジークは肉饅頭を眺める。
「動くなら、後でまたおなかも減るわよ。そのとき食べてもいいし」
「そうだな、あとでまた食べよう」
手は迷って、蒸しパンを取った。甘い蒸しパンが、満足感を与えてくれる。
「水辺のほうへ行ってみないか?」
「そうね。水辺なら、鳥も野草も獲れるし」
丘を見下ろせば、花の絨毯の向こうにはきらきら水面が輝いていた。
「はぃ、エリス〜」
こちらは、お弁当箱はきちんと二つ。丘の上の見晴らしの良い場所に敷き布を敷いて、ナギリエッタとエリスは仲良く並んでいた。割り込む者もいなくて、二人きりだ。……いや、近くには他にお弁当を広げる何組かがいるのだが、そこはそれ、気分というもので。
お弁当の中身は彩りもカラフルに、から揚げ、ミートボール、玉子焼きに野菜。そして、ご飯の上には牛肉とたまねぎの甘辛煮が乗っかっている。
「エリスのリクエスト通りにしてみたょ……温かいと、もっと美味しいんだと思うけど」
「冷えてても美味しいわよ」
エリスの口調はいつもと同じ、さっぱりしたものだが、表情は少し嬉しげで微かに笑顔だ。お弁当に入れる好きなものを……と問われて、答えた結果である。もちろんなんと言ったかは決まっている。「ビーフボウルがいい」というわけで。
いささか行楽弁当らしくないものが混ざったと言えばそうだが、そんなことは回数の多くないエリスの笑顔と引き換えなら、ナギリエッタがどちらを選ぶかは決まっている。
「花、綺麗だねぇ、エリスー」
「そうね……一年に一度くらい、こういうのもいいかもしれない」
帝都育ち、しかもごみごみした貧民街の生まれのエリスには、春と言っても花を愛でる習慣はなかったらしい。
「ナギリエッタは花が似合うわね」
「そうかなぁ」
えへへ、とナギリエッタは笑った。実際には「花が似合う」は可愛いというよりは、ぼんやりした雰囲気に対しての評価ではあったが……
そんなすれ違いも含めて、二人は幸せそうだった。
「アリシアさんも、一緒にお昼いかがですか?」
女の子同士が二人きりでいいムードを醸している傍ら、男女の組み合わせはそういうものとは無縁な方向であるらしい。いや、ジークとカレンがいるからまったくではないが……フランとエグザスもそうだった。フランが手作りではないにせよ、お弁当を用意してきたのは良かったのだが。
「皆さんでいただきましょうね」
という持参者の意向で、明らかに二人では食べきれない量の昼食が用意されている。パンも肉もサラダも、そして焼き菓子も。もっともフランのどこに何が収まっているのか良くわからない胃袋だと、見た目よりは少人数向けなのかもしれなかったが。
まずは半ば当然のように、フランは“銀の飛跡”シルフィス と“陽気な隠者”ラザルスを誘った。エグザスと一緒で、この二人もいるのなら、皆一緒に……と、刷り込まれつつあるのかもしれない。実際には三人がまとめて行動していることはそう多くもないかもしれないが、三人は仲がいいという認識なのだろう。
それから目に付いたのか蒼空の黔鎧”ソウマを誘い、“鍛冶職人”サワノバを誘い、クレアも誘い、そこに“夢の中の姫”アリシアも来たのでアリシアも誘って。
「いいの〜? ぅれしぃな、ァリシァ、ぉ花のきれぃな場所知ってるょ! そこ行こぅ」
アリシアがフランの手を引いて移動を始めたので、他の誘われた者もそこについていく。幸いアリシアの連れていった場所はそう遠くもなく、見晴らしの良い丘の斜面の一角だった。
「綺麗ですね」
「ここで食べよぅょ」
エグザスはフランが喜んでいるなら問題なかったし、他の四人も少しの移動や場所に文句をつけるようなことはない。大きな敷き布を敷いて、弁当を囲んだ。
ソウマはサンドイッチをがつがつと食べると、すぐに持ってきていた網やら棒やらを広げて何か作業を始めた。靴紐を弦にした即席の弓のようなものに、どこかから採ってきた枝を削った棒が並んでいるので、棒は矢であるらしい。先が尖っている。
「それで何を捕るんですか?」
「鳥だ!」
相変わらずの良く響く声で、ソウマは端的に答えた。
「よっしゃ! 行ってくるぜ!」
じきに準備の作業を終えたのか、勢い良く立ち上がる。
「待ってろよ、美味いもん食わせてやるぜ!」
そう言うと、ソウマは一気に丘を駆け降りていった。すぐに、丘の麓の林の中に姿が消える。
「ふむ、わしもそろそろ行ってくるかの」
サワノバも一つのびをすると立ち上がり、丘を降っていく。
「鳥……」
アリシアはソウマが鳥と言ったときから、神妙な顔をしていた。アリシアの狙いも鳥だったからだ。
「……ァリシァも行ってくる!」
やがて決心すると、アリシアも立ち上がった。そして、丘を駆け降りていく。
「兄貴たちはどうするの?」
エグザスはフランと視線を交わした。どうするか、と意向を訊ねているわけである。
「片付けたら、私たちも行きましょうか」
「そうですね……じゃあ、片付けはしておくから、先に行ってるといい」
シルフィスはエグザスの回答に少し眉を吊り上げたが……
「では、行かせてもらうとするかのう」
ラザルスが立ち上がったので、シルフィスもそれに続いた。
「じゃあ、頼むことにするわ。ま、スタートが遅れても、兄貴なら平気だものね」
いやみでもなくそう言って、シルフィスもラザルスを追って丘を降り始める。
そうして、花見は山菜取り……というよりは狩りに移行していった。
●緑の水辺
森よりはやや小さくて隙間が多いだけの林と、その間を縫うように流れる川。丘を降ると、そういう様相だった。
季節柄、水辺や林にも花はあふれている。だが、ソウマの意識はもう花には向いていなかった。いや、食べられる花ならきっと、意識が向いたのだろうが。
高い木の間に網ととりもちを仕掛け、地面にも撒き餌をして網ととりもちを仕掛けると、弓を持って近くをうろつき始める。
林の中を移動して、水音が聞こえるくらいの場所まで来ると白いやや大きな鳥が視界の隅に引っかかった。その向こうはもう川のようだから、水鳥の一種だろう……と思うが、そんなことはソウマにはどうでもよいことでもあった。比較的食いでのありそうな鳥だ、ということのほうが重要だった。
音を立てないように身を潜め、弓を引き絞る。狙いすまして、手作りの矢を射掛けた。
ぎゃぎゃあ、という鳥の悲鳴が響くと、辺りから小鳥の飛び立つ羽音が続けて響く。
ソウマは身を隠していた茂みから飛び出すと、飛び立つことはできないがまだ暴れている水鳥の首を引っつかんだ。近くで見ると、白鷺の一種だろうか……というくらいまでは判別できた。
ぐっと首を絞め、鳥が暴れなくなったのを確認すると、ソウマは来た方向を振り返った。運が良ければ、さっき鳥が一斉に飛び立ったので罠にかかった鳥がいるかもしれない。仮に罠にかかった鳥がいなくても、この一羽が獲れれば普通でも5〜6人分は賄えるし、今日料理を作るのはソウマ一人ではないから一人前は普通より少なくて良い。
道々足元に気をつけて、焼いて美味そうな野草を探しながら、ソウマは歩いて来た獣道を戻ることにした。
さて、そこから少し離れた場所で。ガッツも鳥を見つけて、息を潜めていた。
そこまでは食べられそうな野草を探してうろついてきたのだが、いくつか試しに口の中に入れてみたものの、ガッツの感覚で『食べられるもの』は一つも見つからなかった。
まあ、甘い野草はなかなかないだろう。不幸中の幸いに、無警戒に齧ってみた割には毒のあるものにも当たらなかったらしい。
今は鳥を見つけて、身を低くして、そうっとそうっと近づこうと……
「う゛っ」
していたところで、何かがガッツの足を蹴った。
「む、すまぬ。じゃが、そんなところにしゃがんでおるから……」
蹴ったのは連理だった。
そして、その声に気づいた鳥は飛び立った。
逃がした魚……ならぬ、鳥は大きく見えた。
「ば、馬鹿やろう〜! 逃げちまったじゃねえか!」
「馬鹿とはなんじゃ! 馬鹿とは! おぬしがうずくまっておるから、踏んでしまったのじゃ!」
ぎゃんぎゃんと二人で言い合ううちには、鳥を捕らえることは難しそうであった。
「なんの騒ぎだ……? 鳥が逃げるな」
ジークは声のしたほうを振り返ってみた。
「そうね……でも、二羽で足りない?」
ソウマほどではないが、準備を整えてきたジークも、鳥を二羽捕らえていた。山鳩と、名はよくわからないが群れていた大きめの水鳥を一羽ずつ。その足と羽にはボーラが絡んでいる。
「ああ、まあ、足りるかな」
水鳥は巣で卵を抱えていたので、それも一緒に回収する。
野草はここまでの道々に採ってきたセリとヨモギ。
ヨモギは少し苦味が強いが、十分順調だと言えるだろう。
「じゃあ、戻るとするか」
「ええ」
そこから、丘のほうへと引き上げ始め。
「そういえば、前にカレンと狩りに行ったときのことを思い出すな」
余裕が出てきたのか、そんなことをジークはカレンに囁いた。
「あのときみたいなことがないように、気をつけないとな」
その笑いを含んだ声に、カレンはむっと顔を顰めた。
「平気よ。もう、あんなドジはしないわ」
つんと顔を背け、足を速める。
「あ、おい、カレン」
少し慌てたように、ジークはその後を追いかけていった。
「えい!」
アリシアも用意してきたスリングで、林の中で鳥を一羽落としていた。少し小ぶりの山鳥らしい。
思っていたより小さくてどうしようかと思ったが、料理のことを考えるとキノコが欲しかった。だが、まだキノコが見つかっていないのだ。
アリシアは少し考えたあと、鳥を袋に入れて肩からかけると、キノコを探して木の根を見ながら歩き出した。
「ぅーん……あ、ぁった!」
しばらく歩き回って、やっと木の根の間に見つけた……と思って、そのカラフルなキノコに手を伸ばす。
「いかんよ、嬢ちゃん」
だが、それを止める声がして、アリシアは顔を上げた。
上からラザルスが覗き込んでいた。
「ダメ?」
「ダメじゃな、そのキノコには毒があるぞい」
「毒キノコかぁ……」
仕方がなく、アリシアは手を引っ込めた。
「嬢ちゃん、キノコを探しておるんじゃな?」
「ぅん、キノコを料理に使いたぃんだぁ」
「ふむ、わしにも食べさせてもらえるかの?」
「鳥さんがちょっとちっちゃぃから、全員分はなぃかもだけど……ぅん、食べたぃ人にはぁげるょ。フランに喜んでもらいたぃんだぁ」
食べるのを一番楽しみにしているのは、多分フランなのは間違いないだろう。
「うむうむ。わしも楽しみじゃよ。じゃあのぉ、このキノコをあげるので使うといいのじゃよ」
ラザルスは鞄の中から頭の部分が土筆のような形で編み笠になっている大きなキノコを、いくつか出した。
「ぇ、これ、いいの?」
「今、さっき採ったばかりじゃよ。受け取るのが気になるのなら、採った場所を教えてあげるとしよう。まだ残っておったし、自分で採れば問題ないじゃろう」
「教ぇてー!」
アリシアは飛び上がって、場所の教授をねだる。
「あっちじゃよ」
ラザルスはアリシアを先導して、林の中を歩き始めた。
「ぅん……! でも、本当にぃぃの?」
「わしにも料理を食わせてくれるというのが、交換条件じゃよ」
「ゎかった! ラザルスにもあげるね。ァリシァ、『とりさんときのこのおうち』を作るんだょ!」
ぴょんぴょん飛びながら、アリシアはラザルスについていった。
さて一方その頃もう一度、連理の様子である。
鳥は任せてと優真に言った手前、鳥の獲物なしには戻れない。良い鳥を見つけたら、シャルティールを呼んできて捕らせる……と、それもやや他人任せではあるが。
さて、水辺まで出てきて、連理は鳥を見つけた。水辺にいたが、水鳥ではない。雉だ。普通に料理にも使われる、結構良い鳥肉だ。焼くと美味い。
これを逃がす手はあるまい……シャルティールは近くにいるだろうか、と振り返ろうとしたときだった。
別の方向の林の中から「ピヨピヨ」という声が聞こえた。声だ。鳴き声ではない。
連理は嫌な予感を感じながら、そちらに視線を向けた。
当然のように、ガッツが「ぴよぴよ」言いながら、雉に近づいていくところだった。
「馬鹿め……」
当然だが、雉は飛び立った。
「何の声だ?」
エグザスは顔を上げた。
騒ぎに連鎖反応して、周囲から鳥が飛び立つ。石を握った手に少し力がこもったが、投げはしなかった。反対の手には鴨が一羽。もう息絶えているので、逃げる心配はない。
料理する分としては、これで十分だろう。そう思って、納得する。
鴨を獲る前だったら、顔を顰めていたかもしれなかったが。
「なんだったんでしょう?」
フランも首をかしげている。
フランはお弁当を入れてきた籠に、野草を摘んで入れていた。
「あ、鳥、獲れたのですね! すごいです。エグザスさん、野草はこれでいいのでしょうか?」
そう言って、籠の中身をエグザスに見せる。
だが、フランはあまり食べられる野草の知識が豊富ではないようで、食べられないものもだいぶ籠には入っているようだった。
「……私が仕分けしましょう」
一つ一つ出しては、食べられる食べられないと分けていく。
「食べられないものばかりですね……すみません」
「いいえ、これで覚えていくのが良いと思いますよ。初めからできる人は誰もいませんから」
エグザスにとっては、フランが何でもできればこうして教えることはできなかったわけで。こうしていられるのが何より幸いというところではあるが……それは口にはしない。
ただ微笑んで、エグザスは野草の説明を続けた。
「あったー! エリス、こっちー」
皆が林の中で走り回っている間、ほのぼのと花畑にいた二人。そう、エリスとナギリエッタの二人は、林には入らなかった。何を探していたかと言えば、タンポポである。
花咲くタンポポを根から摘んで、それから二人はゆっくり川辺まで降りて行った。
「もうふきのとうはないね…あっても、大きくなりすぎてる」
もう一品に探していたものもあったが、それは良いものが見つからなかった。
「どうしよぅ……エリス」
「タンポポだけでも、良いんじゃない? 面白いし」
エリスはタンポポが食べられるとは知らなかったので、初めて知って、それだけでも良いんじゃないかと言うのだが。
「うーん……あ!」
川辺から林の入口を眺めていて、ナギリエッタはそこに生えているものに気がついた。
「これで代わりになるかなあ?」
まだ若芽の……独活だ。
「食べられるの?」
「うん、美味しいよ」
そう言って、ナギリエッタはそれも摘んで。
「ぃぃや、戻ろうか、エリス」
思い切った笑顔で、エリスに言った。
「そうね……」
エリスもその笑顔に答えて、また丘を登り始めた。
「そんなわけで、なにやらガッツと行く先々で遭うてな……ガッツのせいで卵しか採れなかったのじゃ」
顰めつらしい表情で、連理は言った。
「鳥は、シャル君が鴨を獲ってくれましたから、どうにかなります。でも、卵が採れたのが嬉しいですよ」
野草は連理もどうにか、せりを見つけた。優真も同じようにせりを摘んでいたので、たくさんせりが手に入っている。優真は他にも、独活もあさつきも見つけた。普通に料理できる野の野菜だ。
「これで十分、料理できますから……でも、それだと、ガッツさんも卵しか採れなかったんですよね?」
「そうじゃな」
「料理、できるんでしょうか……」
優真は首をかしげる。
その結果は、夜に、というところだったが。
さて、鳥は比較的多く見かけるのだが、四足の獣はなかなかそうたくさんはいないようだった。もちろん、まったくいないわけではないが……捕まえにくいのである。
もっとも獣に重点を置いていたのはサワノバだった。
ようやく仕留めた大物は、猪。野生の豚というべきか。これは確かに大物で良質の肉だったが、見つけて追い詰め狩るまでに、だいぶ時間を要してしまった。
料理に時間のかかる見込みのサワノバには、なかなか厳しい状況だ。料理はスモーク、燻製の予定なのである。
後はそのためのウッドチップになる枯れ木を持って帰るのが、時間的に精一杯のようだった。
「仕方ないのう……」
鳥やら野草やらは、諦めるしかないようだった。逆に先に鳥や野草を見つけてそちらを狩っていたら、猪を狩る時間か調理の時間のいずれかが圧迫されただろう。猪と枯れ枝を背負っての帰り道々に野草が見つかれば御の字だと思いながら、サワノバは丘に戻る道を足元に注意しながらたどっていった。
サワノバと同じく、四足の獣を求めて時間的に厳しくなったのはシルフィスである。大きな獲物を欲していたわけではなかったので、小さい獲物を何匹か手にできるのが理想だったのだが……
残念ながら、シルフィスの前には小さな獲物は姿を見せなかったのである。これは、運というものなので、致し方ないだろう。
そして、目の前に現れたのは……鹿だった。
諦めたなら、他の獲物に当たったかもしれなかったが。
しかし、見つけたものはすべて手当たり次第に獲るつもりだったシルフィスには、見逃すという選択肢はなかった。
シルフィスは鹿を追い、捕らえに行ったが、またここでも運が鹿のほうに味方した感がある。結局は倒し捕らえたものの、かなりの時間をここで費やしてしまった。
「で、雉と鹿かの……まあ、さすがと言えば、さすがじゃが」
「野草に気を払ってる余裕はなかったわ……」
ラザルスにしてみれば、鹿を背負い、雉を掴んで林から出てきた姿にだけでも仰天ものだと思ったが、それは口にしなかった。これで野草も摘んできたと言うならもはや……というところだ。
「わしの摘んだものを少しわけてやるとしようかのう……」
「あー、そうしてくれると嬉しいけど……何があるの?」
「色々あるぞい」
「焼き肉を包んで、食べられるようなものはあるかしら?」
「ふむ……このみつばはどうじゃ?」
葉は大きく、そしてやわらかい。野生のみつばは、香りも鮮烈だった。
「十分よ、助かったわ」
さて、もう日が暮れる。料理をするために先に帰った者もいるようだった。
「私たちも帰らないと」
「そうじゃな。夜には、公園で花見じゃ。楽しみじゃのう」
「おまえで最後なんだな!」
その場で鳥をさばいて、枝を削って串を何本も作っていたソウマが立ち上がった。食べさせてもらう約束を取り付けたのか、エンゲルスが串作りを黙々と手伝っていたようだった。
「じゃあ、アルメイスに戻るぜ! 公園についたら、焼き上げだ!」
そうして、丘に残って待っていた者たちと共に街へと帰り――
●仕上げをご覧じろ
優真が差し出したのはコップ状の器に入ったプディングのようなものだった。ただし、甘くはない。
「鴨肉とせりと独活の茶碗蒸しです。上に散らしてあるのはあさつき」
出汁は鳥がらから取り、味もしっかりしている。卵色の上に散った、鮮やかな緑が美しい。
「鴨の蒸し焼きだ。丸のまま、腹に香草を詰めてある」
と、エグザスは大皿を差し出した。こちらも鴨だ。鴨は多かったらしい。シンプルながら、ボリュームのある一品だ。
「雉と鹿の焼肉よ。みつばの葉で巻いて食べてね」
シルフィスの一品に他を圧倒する量があるのは、間違いようもなかった。ボリュームはダントツだろう。
たれは、色々な調味料を持ち込んで作られている。やや反則気味……というところはあるが、バリエーションは広い。
「猪肉の燻製じゃ。帰り道にたけのこを見つけてな……少しあく抜きの時間が足らんかったが、湯がいてこれもスモークしたのじゃ」
サワノバは、一口大に切った猪肉とたけのこの燻製を差し出した。量的にはシルフィスに次ぐだろう。味も燻製の香ばしさが好ましい。
「焼き鳥だ! さぁ食え! 旨いぞ!」
シンプルに塩味で、小さく切った鳥の肉を串に刺し、焼いたもの。ソウマが差し出したのはそういう料理だ。だが、非常に香ばしく焼けて、良い匂いを漂わせている。一緒に焼いたのは、一度湯がいたぜんまいだ。さっぱりした味が、食を進ませる。
「鳥の胸肉と香草の酒蒸しだ。プレーンオムレツを添えてみた」
ジークの差し出した皿は、いかにも『料理』という風情を醸している。みじん切りにしたせりとよもぎを塗し、こんがり焼いてから酒蒸しにしたものだ。香ばしさの中に、酒の良いにおいが香る。もっとも手の込んだ料理で、やわらかく仕上がっているだろう。
付け合わせのオムレツも、綺麗にできている。
「はぃ! ァリシァの『とりさんときのこのおうち』だょ!」
アリシアの一品は、鳥肉に塩胡椒で下味をつけ、色鮮やかなキノコを詰めて焼いたものだ。彩りが綺麗で、キノコの良い香りがする。
「独活の揚げ物と煮物、タンポポのサラダと、あと、タンポポで飲み物を作ったょ」
ナギリエッタは品数が多かった。黒っぽい飲み物はおまけだと言ったが、カフェで出るものにも遜色ない。
さっぱりしたサラダにはドレッシングがかかっている。水溶き小麦粉のころもをつけた独活の揚げ物は、塩をつけて食べる。煮物は甘辛煮だ。
一番、野草料理という雰囲気がある料理だろうか。
「サラダが被ってしもうたのう」
ラザルスは、野草のサラダだった。
わらびやぜんまいは茹でて、みつばやあさつきはそのまま刻んで。好きな調味料をかけて、ということのようだ。
「……卵しかとれねえって、詐欺だろう! しょうがねえから、砂糖入れて煮た」
そして、その上にはちみつがたっぷりかかっている。
誰の料理かは言うまでもないだろう。
もしかしたらデザートとしてはイケる……かもしれない。
●結果発表〜一位:ソウマの串焼き〜
「これ、食べやすいですね。美味しいです」
「そうだろう! どんどん食え! どんどん焼くぜ!」
即席の竃が並ぶ光景。人気は各人の好みのばらつきのせいか、だいぶ分かれていた。ある意味ハズレはあまりなかったわけで、どこも香ばしい香りを漂わせていたが、肉の焼ける良い匂いで特に人を惹きつけたのはソウマだったようだ。
手作りの串に刺した鳥の肉に塩を振って焼くと、鳥肉自体から脂が出て竃に乗せた網から火に落ちる。シンプルな料理は、素朴を愛する男性陣や、酒飲みにも支持を得たようだった。
どんどん焼いて、焼きあがったその端から、ソウマは串を来る人来る人に渡していった。
ずっと焼いていたので、ソウマ自身は他の料理は食べられなかったという面もあったが。
「ほら、次!」
「あ、わたしわたし」
クレアが手を伸ばして、串を受け取る。クレアがこのいくつもの窯を作っておいたのだ。フランほどの大食漢でも、ネイほどの食通でもないが、クレアも美味しいものには目がない。ここに来る前には、優真の料理も食べてきた。
「あつつっ」
串をお手玉しながら、熱々の焼けた鳥肉に齧り付く。
「ん、おいしー!」
串に刺した肉を頬張り、ぺろりと一串平らげると次を待つ。
「なんか、いくらでも入っちゃいそう」
「そうですね」
フランがにこにこと同意した。フランはソウマの前に来るまでにエグザスやアリシア、ジークなどの皿もつついてきているのだが、ソウマの串焼きはたくさん食べても良さそうなので気に入ったようだった。他に量で勝負しているのはシルフィスで、こちらの前にもフランは長いこといたが、ソウマの串焼きの手軽さにより心惹かれているようだった。
「気に入ったかい?」
ソウマは次の串を渡しながら、訊ねた。
「はい、美味しいです。すごく」
「そいつは良かったぜ! どんどん食え!」
「ありがとうございます、お言葉に甘えて」
また一串、フランはぺろりと平らげる。
ソウマが用意した鳥と串の量が多かったのが幸いで、フランがかなり満足するまで串の山を築いたが、料理が致命的に不足するようなことはなかったようだった。
それでも残された串の量を見て。
「すげえなあ! 一体どこに入ったんだ……!」
フランの胃袋は、ソウマにそう言わしめるほどのものではあったようだった。 |